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私の父が亡くなり間もなく6年になります。この間、井上マーを一番褒めてくれた、父親代わりでした。
井上マーが新聞に載るたびに『お前は、親父以上にがんばってる!』
『お母さんを大切にしろよ』
『男の子つくって、しっかり跡取り育てんと、アカンなぁ~』
といつも声をかけて頂き、社長室に呼ばれて、褒めてくれて、そして昔話を聞かせてくれました。
県青連会長を受けた時も、すごく喜んでくれました。
『こいつは、ワシの親友のせがれやけど、よぉ~頑張ってます。○○さん、これからもよろしく頼みます』
って、本当に多くの方との出会いをプレゼントしてくれました。
運転手もいっぱいしました。その空間で色んな話を聞くのが楽しくて、勉強になって、、

清川会長(早稲田3年生)と父(日大1年生)は、養徳学舎という、奈良県人寮の先輩後輩の間柄で、父が亡くなるまで40年間のお付き合いでした。その寮にはなかなか入れず、出身者には、元知事、代議士、議員、弁護士、医者大企業の役員、そして自営業者などなど、志の高い大学生の集団であったそうです。

二人は夫婦より深い付き合いだったのかも知れません。
父は、縦社会・上下関係をしっかりわきまえ、何があっても清川会長を先輩と称え、40年間最高の関係を築き上げてきました。

世間の誰が見ても、誰に聞いても、清川さんと井上さんは凄い仲だねぇ~って。
お通夜、告別式を通して、本当に多くの方々に、『お父さんに呼ばれて、天国で美味しいお酒を飲んでるね』
って言って頂きました。

そんな関係を子どもの頃から見てきて、、、本当に羨ましかった。
家庭・子育てなんて、一切ほったらかし・・・ほぼ毎晩飲みに行っていました。
でも、そんな二人を見ていて、怒ったり、寂しかったり、そんな感情ではなく、
昔から『清川さんとだからいいね』って母もいつも笑って言ってました。そりゃ、たまには『また今日もぉ~』
って言っていた記憶もあるけどね。

でも、やっぱり羨ましかった。

平成17年に私の父が亡くなってから、毎週社長室に呼んでもらい、色んな人と会わせてもらい、飲みにつれて行ってもらい、清川社長の同窓会(全員64歳)に呼んでもらったり(これは流石に話が合わなかったけど^^;)


本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。

これからの30年、清川大輔君(彼も早稲田)と井上雅仁が、清川社長と父のような関係を築けるよう、しっかり商売に励みます。

父の背中を見ることが、何よりも事業承継であると思います。
私は、子どもの頃から、人との接し方、商売の考え方、儲け話、苦悩、人脈、などなど肌で感じていました。
皆さんも同じでしょう。
そして、我々の子どもたち、、、まだ幼稚園とか小学校とかに通っている段階でしょうが、
でも、何かを感じているはず。だから、いつも言っていますが、
『事業承継は子どもが生まれた時から始まっている』と肝に銘じて、これからも仲間とともに商売に、そして地域のために頑張りましょう。
自分の代で、終止符を打たず、もう少し、共に頑張りましょう。そして、子どもたちに選択肢を与えてあげて下さい。パイロットになる、サッカー選手になる、弁護士になる、警察官になる、、、
お父さんと一緒に仕事をする・・・この選択肢をなくさないために、もう少し、共に頑張りましょうね!
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コメント
別れ(死別)は世の常ですが
必ず
残るものがありますな!

そろそろ
こちらも(青年部世代)
残すことも意識した立ち振る舞いが必要ですな…
2010/12/03(Fri) 11:40 | URL | ゆうじ@栃木 | 【編集
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